自分に不利な問いから始める
これまで三回にわたって、日用品と環境をめぐる話を書いてきた。詰め替えパウチと量り売りのこと。健康にいい食材が産地にかける負荷のこと。小さな消費を掛け算するとどうなるかということ。
いずれも、どこかに「答えは単純ではない」という着地を置いてきた。書いている側としては誠実に書いたつもりだが、一つ、明らかに避けてきた問いがある。
では、あなたたちがやっている定期便は、環境にとってどうなのか。
他人の商売の構造を論じておいて、自分の商売の構造を論じないのは、公平を欠く。だから今回は、そこを書く。
先に申し上げておくと、この記事に爽やかな結論はない。「定期便は環境にやさしいという結論が出ました」という話でもなければ、「実は最悪でした」という懺悔でもない。まだ答えが出ていない、というのが正直なところで、その出ていなさを、できるだけ正確に書き残すことがこの記事の目的である。
まず、不利な話から
定期便という仕組みが環境に対して抱える問題を、思いつくかぎり並べてみる。自社に有利な材料は後回しにする。そのほうが、読む側にとっても判断しやすいはずだ。
第一に、個別配送そのものの非効率がある。
人が店に行って買う場合、輸送の最終段階は「メーカーから店舗まで」で終わる。店舗までは大量にまとめて運べるから、一個あたりの輸送負荷は小さい。最後の数キロは、客が自分の足や自転車、あるいは買い物のついでの車で運ぶ。
宅配は、この構造が違う。最終段階が「倉庫から各家庭まで」になる。一軒ずつ、別々の住所に、別々の荷物を届ける。配送業者は効率化のために配送ルートを最適化しているが、それでも「一個の荷物のために車が家の前まで来る」という構造自体は変わらない。
第二に、再配達の問題がある。
日本の宅配における再配達率については長年議論があり、削減目標も設定されてきた。数字の水準はさておき、構造だけを見れば話は単純だ。一度で届かなかった荷物は、もう一度同じ場所まで運ばれる。二度目の走行距離と燃料は、純粋な追加負荷である。何も生み出していない移動が、そのぶん発生する。
そして定期便は、この再配達リスクを定期的に、繰り返し発生させる。月に一度の通常購入なら年に十二回だが、頻度を上げればそのぶん機会は増える。届ける回数が多いほど、不在に当たる回数も増える。これは定期便というモデルに構造的に組み込まれた弱点であり、言い逃れができない。
第三に、梱包がある。
輸送中に中身を守るため、宅配には段ボールや緩衝材が必要になる。店頭で買えば、袋一枚で済んだかもしれないものだ。梱包材を薄くすれば破損が増え、破損が増えれば再発送が発生し、再発送は最も無駄の多い輸送になる。ここにも単純な正解はないが、店頭購入と比べて包装材が増える傾向にあること自体は、認めざるを得ない。
第四に、これはあまり語られないが、定期便は消費量を増やしうるという論点がある。
自動的に届く仕組みは、「まだあるのに次が来る」という状況を生みやすい。使い切る前に新しいものが届けば、在庫は溜まる。溜まった在庫は、忘れられ、古くなり、最後は捨てられることがある。買いに行く手間が消費のブレーキとして機能していた部分を、定期便は取り除いてしまう。
便利さが消費量を押し上げる。この可能性を無視して環境の話をするのは、不誠実だと思う。
では、有利な話も
ここまで書いたうえで、反対側の材料も出す。
第一に、買い物のための移動が減る。
店舗まで自家用車で買い物に行く場合、その移動には燃料が使われる。一世帯が一台の車で少量の日用品を買いに行くのと、配送車が一度の走行で多数の世帯に配るのとでは、一個あたりの負荷は後者が小さくなりうる。実際、宅配と店舗購入を比較した研究では、配送ルートが効率的で、かつ再配達がなく、比較対象が自家用車での買い物である場合、宅配のほうが有利になるという結果が示されることがある。
条件が多いことに注意してほしい。徒歩や自転車で近所のスーパーに行く人と比べれば、宅配が勝つのは難しい。前提次第で答えがひっくり返る、というのはこの分野の常である。
第二に、需要が読めることの効率がある。
定期便は、いつ・どこに・何個届けるかが事前にわかる。これは供給側にとって、かなり大きな意味を持つ。生産量を需要に合わせやすく、過剰在庫が減る。倉庫の回転が安定し、配送計画も立てやすい。
小売の世界では、売れ残りの廃棄が慢性的な問題として存在する。需要が予測できるということは、この廃棄を減らす方向に働く。店頭販売にはない、定期便の構造的な利点である。
第三に、輸送形態を設計できる。
定期的に届くとわかっていれば、複数の商品をまとめて一つの箱で送る、配送間隔を延ばして一回あたりの量を増やす、といった設計が可能になる。都度購入では、買いたいときに買いたいものが単品で届くため、こうした集約が働きにくい。
そして、置き配である。不在時でも荷物を置いていける仕組みは、再配達という最大の無駄を構造的に減らす。定期便との相性は極めて良い。いつ届くかがわかっているぶん、受け取りの準備もしやすい。
結局、どちらなのか
ここまで読んで、「で、結論は」と思われているだろう。
正直に書くと、わからない。
というより、この問いの立て方自体が、おそらく間違っている。
「定期便は環境にやさしいか」という問いには、答えが存在しない。なぜなら、答えが前提の置き方で完全に変わるからだ。
比較対象を何にするのか。徒歩圏のスーパーでの購入か、車で郊外店まで行く購入か。配送の効率はどうか。ルートは最適化されているか、一日に何軒回るのか。再配達は発生するか。梱包はどの程度か。配送間隔はどうか。そして何より、その定期便によって消費量が増えたのか、変わらないのか。
これらの変数のうち二つか三つを動かすだけで、結論は容易に反転する。だから「定期便は環境にやさしい」という一般的な命題は、証明も反証もできない。できるのは、個別の条件下で、どちらがましかを比べることだけだ。
この種の話を、企業が発信するときの典型的なやり方がある。自社に有利になる前提を選び、その条件での試算を出し、「当社の定期便は環境負荷を◯%削減します」と言う。技術的には嘘ではない。前提を明記していれば、規制上も問題にならないかもしれない。
ただ、それを読んだ人が受け取る印象と、実際に起きていることのあいだには、無視できない距離がある。わたしたちは、その距離を作る側に回りたくない。
では、何ができるのか
答えが出ないからといって、何もしないという話ではない。
はっきりしているのは、「定期便が良いか悪いか」ではなく「どういう定期便なら、ましになるか」のほうには、答えがあるということだ。
再配達を減らすことは、ほぼ確実に効く。置き配を選べるようにし、配送日時が事前にわかるようにし、受け取りやすい仕組みを整える。ここに議論の余地はほとんどない。
配送をまとめることも、方向としては明確だ。複数の商品を一つの箱に集約する。配送間隔を延ばし、一回あたりの量を増やす。頻度を下げれば、それだけ走行回数と梱包が減る。
そして、使い切るペースに合わせること。これが実は、いちばん大きいのではないかと考えている。
前回の記事で、食に関する環境負荷を減らす最も効果的な行動のひとつは、食材の選択ではなく「捨てないこと」だと書いた。同じ論理が、ここにも当てはまる。どれほど配送を効率化しても、届いたものが使われずに捨てられるなら、その配送は丸ごと無駄になる。
定期便の事業者にとって、これは商売上、痛い結論でもある。配送間隔を延ばせば、売上は下がる。「まだ残っているなら次回をスキップしてください」と言えば、その月の収益は減る。使い切るペースに合わせるというのは、売る側の短期的な利益と正面から衝突する方針である。
だからこそ、ここを言い続けられるかどうかが、その事業者の姿勢を測る物差しになると思っている。自分たちも含めて。
わたしたちができていないこと
最後に、現時点での自分たちの立ち位置を書いておく。
できると考えていることは、いま述べた三つに集約される。受け取りやすさを高めて再配達を減らすこと。配送を集約すること。そして、配送間隔の変更やスキップを、使う人が負担なく選べるようにしておくこと。特に三つめについては、「使い切っていないなら、遠慮なく飛ばしてください」と言い続けることを、方針として持っておきたい。
一方で、できていないことのほうも書く。
わたしたちは、自社の配送について、原材料から廃棄までを通した厳密な環境負荷の算定を行えていない。この規模の事業者にとって、それは正直なところ簡単ではない。だから「◯%削減」といった数字を出すことができないし、出すべきでもないと考えている。
包装についても、完全な解を持っていない。強度を下げれば破損が増え、破損は再発送を招く。素材を変えれば別の負荷が発生する。第一回の記事に書いたとおり、あらゆる選択がトレードオフの上にある。
配送そのものは外部の事業者に委ねている部分が大きく、ルートの効率や車両については、わたしたちが直接コントロールできる範囲を超えている。この点は、正直に書いておくべきだと思う。
つまり、胸を張れる状態ではない。
それでも、この記事を書いた理由は一つだ。わからないことを、わかったふりで語らない。それだけは、事業を続けるかぎり守りたいと思っている。
四回にわたって、詰め替えの話、食材の話、掛け算の話、そして自分たちの話を書いてきた。共通しているのは、どれも結論らしい結論に達していない、ということだ。読み物としては、不親切だったかもしれない。
ただ、日用品というのは本来、そういう領域なのだと思う。毎日使うもので、量が膨大で、影響が広くて、だからこそ単純な正解が成り立たない。
次に荷物が届いたとき、あるいは届く前に「まだ残っているな」と気づいたとき、スキップのボタンを押してもらってかまわない。そう言える事業者でありたい、というのが、いまのところの結論である。

