上手くいっている話より先に、出来ていない話を
このブログの記事で何を書こうかと、私たちはずいぶん長いあいだ迷っていました。
きれいにまとめようと思えば、いくらでも書きようはあったと思います。環境のために取り組んでいること、少しずつ変えてきたこと、これから目指していきたい未来。そういう文章の型は世の中にたくさんありますし、読みやすく、気持ちよく読み終えられるものになったはずです。
けれど、書こうとするたびに手が止まりました。まだできていないことのほうが、はるかに多いからです。
今、商品のページでも企業のサイトでも、「地球にやさしい」「環境に配慮した」という言葉を見かけない日はありません。私たち自身、その言葉を使いたくなる瞬間が何度もありました。そう書いたほうが伝わりやすいですし、正直に言えば、そのほうが選ばれやすいという事情もあります。
それでも私たちは、その言葉をまだ使わずにいます。使えるだけの中身が、まだ整っていないからです。
だから最初の記事は、途中経過の報告にすることにしました。できたことも書きますが、それ以上に、できていないこと、行き詰まっていること、答えが出ていないことを書きます。読み終わったあとに「立派な会社だ」と思っていただける内容ではないと思います。むしろ、まだこの程度なのかと感じられるかもしれません。
それでも、いまの私たちの姿をそのままお伝えすることが、いちばん誠実なやり方だと考えました。
私たちが、いま実際にできていること
まず、事実として手をつけられている部分から書きます。大きな話ではありません。どれも、日々の作業のなかで少しずつ変えてきた、ごく地味な部分です。
ひとつは、梱包の簡素化です。
以前の私たちは、届いたときの見栄えを気にしていました。箱を開けたときにきれいに見えるように、包む。守るためではなく、印象のために包む。そういう資材が、いま振り返るとかなり多かったと思います。
けれど、その包みは開封された瞬間に役目を終えます。数秒だけ「きれい」を演出して、そのあとはごみになる。その事実に向き合ったとき、これは残すべきものではないと判断しました。
そこで、ひとつひとつの資材について「これは中身を守るために必要か、それとも見た目のためか」を問い直していきました。守るために必要なものは残し、演出のためだけのものは外していく。この作業を、時間をかけて少しずつ進めてきました。
結果として、いまのお届けは以前よりずいぶん簡素です。開けたときの華やかさは減ったと思います。物足りないと感じられる方もいらっしゃるかもしれません。それでも私たちは、届いたその日に捨てられるものを減らすほうを選びました。
もうひとつは、再生紙や紙素材への切り替えです。
これも一度にできたわけではありません。紙は万能ではなく、水や衝撃に弱いという弱点があります。切り替えたことで商品が傷ついてしまっては本末転倒ですから、どこまで紙で置き換えられるのかを、実際に試しながら見極めていく必要がありました。
うまくいかなかった部分もあります。それでも、置き換えられるところから順に、再生紙や紙素材を使う形に移してきました。まだ全部ではありません。けれど、以前よりは確実に紙の比率が上がっています。
三つめは、配送方法や配送業者の見直しです。
これは私たちにとって、いちばん見落としていた領域でした。商品そのものや梱包材には早い段階で目が向いたのですが、「どうやって運ばれているか」は、長らく考えの外にありました。
けれど、お届けするという行為そのものが、当然ながら環境に負荷をかけています。どの方法で、どういう経路で運ばれるのか。まとめて送ることはできないのか。再配達を減らすためにできることはないのか。そういった問いを、あらためて一つずつ検討しています。
これはいまも進行中で、答えが出ている部分と出ていない部分があります。ただ、少なくとも「考えの外にある」状態ではなくなりました。
ここからが本題です。できていないこと
ここまでが、手をつけられている部分です。正直に申し上げて、ここから先のほうがずっと長くなります。
プラスチックをまだ減らしきれていません
いちばん重く受け止めているのが、これです。
紙への切り替えを進めてきたと書きましたが、裏を返せば、紙に置き換えられていない部分が残っているということです。そしてその残りの多くが、プラスチックです。
なぜ残っているのか。理由は正直に書きます。まだ、代わりになるものを見つけられていないからです。
商品を湿気から守る。輸送中の衝撃を吸収する。中身が見えるようにする。こうした役割において、プラスチックは非常によくできた素材です。軽くて、丈夫で、安い。代替素材を探すと、たいていどこかで性能が落ちるか、コストが跳ね上がるか、その両方になります。
ここで「それでも環境のために切り替えました」と書ければ格好はつくのですが、現実には、商品が傷んで届いてしまえばそれこそ最大の無駄になります。守れない包装に替えることが正解だとは、私たちにはどうしても思えませんでした。
とはいえ、それは現状を続けてよい理由にはなりません。「他に方法がないから」というのは、言い訳として使いやすすぎる言葉です。使った瞬間に、探すのをやめてしまう。
ですから私たちは、この課題を「解決済み」にも「仕方がない」にもせず、未解決のまま抱えています。いま試せる代替素材を少しずつ検証しているところで、まだご報告できる結論はありません。進展があれば、うまくいかなかった結果も含めて、この場に書きます。
国内生産に、切り替えられていません
次に、生産地の話です。
私たちは、つくられる場所が近いほど、運ばれる距離は短くなると考えています。距離が短ければ、輸送にともなう負荷も小さくなる。加えて、近ければ実際に足を運んで、どうつくられているかを自分たちの目で確かめられます。
その意味で、国内での生産に切り替えていきたいという思いを私たちは持っています。
ただ、まだ実現できていません。
理由はいくつかあります。まず、つくり手を見つけること自体が簡単ではありません。同じものをつくれる技術を持ち、必要な数に対応でき、こちらの考え方に共感してくださる相手。この三つがそろう先を探すのに、想像以上に時間がかかっています。
コストの問題もあります。国内での生産に切り替えると、価格は上がる方向に動きます。その上がった分をどうするのか。私たちが引き受けるのか、価格に反映させるのか。反映させるとしたら、それはお客さまに納得していただけるものなのか。ここについて、私たちの中でまだ結論が出ていません。
正直に書くと、この課題は「いつまでに実現します」と約束できる段階にありません。期限を切って宣言することはできますが、根拠のない期限は、宣言した時点で守れないことが分かっている約束です。それは、しないでおこうと思います。
いま言えるのは、これを諦めていないということ、そして探し続けているということだけです。
メーカーに、まだ直接お願いできていません
三つめは、私たちの側の課題です。
ここまで書いてきた取り組みは、いずれも「届いたあと」に近い部分の話です。梱包を変える、資材を変える、運び方を変える。どれも私たちの手元でできることでした。
けれど本当に大きく変えられるのは、もっと上流の部分です。そもそもの容器やパッケージがどうつくられているか。ここが変われば、影響ははるかに大きい。
そのためには、つくっているメーカーに直接お話をして、「こういう形にできませんか」とお願いする必要があります。
まだ、できていません。
理由を正直に書けば、私たちは決して大きな事業者ではないからです。取引の規模も限られています。その立場で仕様の変更をお願いすることに、ためらいがありました。相手にとって負担になるのではないか、そもそも相手にしていただけないのではないか。そう考えて、切り出せずにいました。
ただ、最近になって考えを改めつつあります。小さいから言えない、という理屈でいる限り、いつまでも言えないままだからです。規模が大きくなってから言おうと思っていたら、その日は来ないかもしれません。
ですからこれは、いまの私たちの中で、いちばん近い将来に踏み出すべき一歩だと考えています。すぐに実を結ばないかもしれませんし、断られる可能性のほうが高いでしょう。それでも、伝えなければ何も始まりません。
なぜ、わざわざこれを公開するのか
ここまで読んでくださって、なぜこんなことをわざわざ書くのかと思われた方もいらっしゃるかもしれません。できていないことを並べても、良い印象にはつながりません。
理由は、三つあります。
ひとつめは、書いてしまったほうが、私たちが動かざるを得なくなるからです。心の中で思っているだけの課題は、いつでも先送りできます。忙しさを理由に、来月でいいと言い続けることができます。けれど、こうして公開してしまえば、次にご報告するときに何も進んでいなければ、それは目に見える形で残ります。私たち自身を追い込むための文章でもあります。
ふたつめは、できていないことを書かない限り、できたことの意味も伝わらないと思うからです。梱包を簡素にしました、紙に替えました。それだけを並べると、すべてが解決したように読めてしまいます。実際にはその横に、手つかずの課題がずっと大きく残っている。その全体像をお見せしないと、一部を切り取って良く見せているのと変わりません。
みっつめは、これがいちばん大きな理由なのですが、環境について語る言葉が、いま少し軽くなりすぎているように感じるからです。
どの商品にも良い言葉が並び、どれも正しそうに見えて、どれを信じていいのか分からない。そう感じていらっしゃる方は、少なくないのではないでしょうか。私たち自身、一人の生活者としてそう感じることがあります。
その状況に、私たちがもう一つ同じような言葉を足しても、意味がありません。それよりも、まだここまでしかできていません、ここで詰まっています、と具体的に書くほうが、判断の材料として役に立つのではないかと考えました。
信じていただくためではなく、確かめていただくための文章です。
完璧でなくても、始めていいはずです
最後に、少しだけ考えていることを書かせてください。
環境のことを考えようとするとき、「中途半端にやるくらいなら」という気持ちが、どこかで働くことがあります。
全部を変えられるわけではない。矛盾を抱えている。それなのに口にするのは、格好が悪い気がする。だから何も言わないでおく。私たちも、そういう気持ちで長いこと黙っていました。
けれど、完璧になるまで黙っている人ばかりになったら、この話題について語る人は誰もいなくなってしまいます。完璧な人はいないからです。
だとすれば、途中でも言っていいのだと思います。ここまではできた、ここからはまだだ、と。そのほうが、次に同じ壁にぶつかる誰かの役に立つかもしれません。
これはお客さまに対しても、同じことを思っています。買い物のたびに完璧な選択をする必要はありませんし、そんなことは誰にもできません。今日は考える余裕がなかった、という日があって当然です。それでも、たまに思い出して、少しだけ気にしてみる。それで十分ではないでしょうか。
私たちも、そのくらいの距離感で続けていこうと思っています。一気に変えることはできません。けれど、やめないことはできます。
次にご報告すること
この記事は、中間報告です。ですから、続きがあります。
次にご報告するときには、ここに書いた三つの課題について、何かしらの進展か、あるいはうまくいかなかった経緯を書きます。うまくいかなかったことも必ず書きます。都合の悪い結果を書かなくなった時点で、この報告は意味を失うからです。
進み方は速くないと思います。それでも、半年後(2027年4月ごろ)にまた同じ形で書きます。そのとき、今日より少しでも前に進んでいられるように、これから取り組んでいきます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

